賃貸借契約のトラブルで最も多いトラブルは何といっても敷金返還に関するトラブルでしょう。貸主の立場としては一度預かってしまったお金はなかなか返したくないというのが本音ではないでしょうか。
 近年、このような敷金返還トラブルを防止するため、国土交通省が敷金返還のガイドラインを発表しました。これは貸主様の意識を改革させることに大変役に立ちましたが、トラブル自体はなくなりません。すなわち、今までは貸主様は、賃貸物件は貸したときの状態で返してもらうものという意識が強かったのですが、ガイドラインのおかげで、賃貸期間の経年劣化は貸主側の負担であるという意識がようやく浸透して来ました。
 『物件を貸した状態で返すべき』という意識のもとでは返還すべき敷金を返さないだけでなく、原状復帰のためには預託している敷金では足りないということで不足の工事費を逆に請求されているという状態だったのです。
 ここで強調しておきますが、現在のガイドラインでは、原状復帰とは借りた時の状態へ復帰するということでなく、賃借期間中の通常の生活による劣化は復帰する必要はなく、借主の故意過失により損傷させた劣化についてのみ復帰するということなのです。
 このような意識の浸透により、現在の敷金返還トラブルは、その損傷が、通常の生活によるものか、借主の故意過失によるものかという争いに変ってきました。ただ、最近は消費者保護の観点からこのような争いは家主に不利な判決が多く出ておりますので、貸主様にとっては厳しい時代がやってきたといえるでしょう。
 今回は弊社が担当した賃貸借契約で起きたトラブルについて紹介します。物件は某大手メーカーが建てた一戸建でした。貸主様が転勤のため、転勤期間に賃貸にまわされた事例で相場からいえばかなり高額な賃料でした。借主はお医者様で、弊社は借主側の仲介業者でした。3年の定期借家契約でした。契約期間満了で再契約はなく退去されることになったときにトラブルが発生しました。契約条項にペットは禁止という条項があったのですが、何か小動物は買いたいということで貸主のOKをもらっていたのですが、貸主の立場からすれば小鳥とかハムスターとかといった動物を想定してOKを出されたようで、私もそのように理解していたのですが、借主様はこれを曲解しまして、小型の室内犬を飼われたのです。退去時に当然犬が傷つけた部分の修理費を請求されます。借主にしても自分の過失での修理ということは認め、修理費の支払いには応じる旨の回答を得ていましたので、私としては特に問題ないと考えておりましたが、貸主サイドから出てきた修理費の見積もりがかなり高額だったのです。修理内容が過剰なのではなく、修理費の単価が非常に高いのです。賃料自体が高額でしたのでかなりの額の敷金を預け入れていたのですが、それだけではとても足りず、かなりの追金を請求されたのです。私は借主側仲介業者として貸主と全面的に交渉に当たりました。貸主の主張としては、某大手有名メーカーのリフォームなので単価が高額となるのは仕方がないということでした。私としては普通に修理費の見積もりを取りましたところ、貸主が提示した見積もりの半額程度でおさまりましたので、修理費が法外に高い旨を主張しました。もちろん契約条項に違反した使用方法をしたので修理することにやぶさかではない旨と、修理すれば新築時同様になるのだからいくら間違った使用方法をしたからといってもその全ての修理費が借主負担となるものではないことを粘り強く主張しました。貸主サイドは結局私を相手にしていても埒が明かないと思ったのでしょう、直接借主と交渉する手段に出ました。借主は使用方法の誤りについては低調に非を認め、交渉は私に預けてあると訴えました。貸主は代理人とは交渉する意思がないこと、どうしても借主サイドが追い金を支払わないのなら裁判で白黒をつけると言うことを主張しました。それで少し借主様が怖くなったようですが、私との打ち合わせで黙って支払うよりは裁判を受けて立ったほうが余程よいことを理解いただき、二度目に貸主から連絡が来たときに裁判を受けて立つとはっきり言ってもらったのです。それから貸主の脅迫電話のようなものがかかるようになり、結局この電話を録音して、脅迫罪として警察に告訴すると主張したことで急に貸主が主張を取り下げ、全面的に私の主張が受け入れられて預託した敷金の一部を変換してもらうことができました。
 今回は『貸主の借主に対する脅迫』という敷金返還のガイドラインとは関係のないところで話がついてしまったのですが、仮に裁判していても全面的でないにしろ借主側の主張はある程度認められる目算はありました。もちろん弊社が貸主側の仲介に入っていれば徹底的に借主の違法性を追及したことでしょう。しかし、敷金返還に関して争うのではなく、敷金は一度返還する意思を示した上で損害賠償を請求するという手段をとったと思います。現在のガイドラインはそれほど消費者保護に向いています。これは今までが、あまりにも貸主の思い通りになっていた反動かと思います。